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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

現に畳へ降りた真名古の靴下の跡は、その形なりに真黒な跡を畳の上につけてしまった。真名古も止むを得ず靴下を脱ぐ。部屋の襖を閉ち切ると、畳の上へに胡座をかいて、またしても首を垂れて動かなくなってしまった。

どういう目的によるのか、今暁五時二十分の風検の以前に三人の人物が「すず本」から忍び出てまた帰って来ている。その時間はあたかも有明荘において松谷鶴子が殺害され、皇帝が勝手口から誘拐されたその時刻に相当するのである。ここにおいて、事件はまた一段と飛躍を遂げることになった。沈着緻密な真名古にとっても、この驚異はやはり相当なものであったろう。沈鬱な表情の中に一種苦悶に似た色が貫くように見えるのももっともな次第といわねばなるまい。真名古は印東のおしゃべりの実証を見るためにここに来たのだが、以外にもこういう奇怪な事実に直面せねばならぬことになった。

読者諸君は、あるいはこのような重大な検証を、たとえなんであれ部下の一人に任してとほんとしていた真名古の迂濶を指摘されるかも知れない。しかしこれは果して真名古の過誤であろうか。もしかりにあやまちだとするならば、それは天災とでもいうほどのものであろう。