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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

時計を見るともう三時半だ、これはまごまごしていられないと思って、屋根伝いに「すず本」を抜け出し、行きどまりの土蔵の折釘に飛びついて下へ降りようとしたところが、見事やり損じて下まで墜落し、ひどく腰を打ちつけて起き上ることも出来なかったが、そんなことをしていられる場合じゃないので、這うようにして堺橋の方へ行くと、流しのタクシーが来たから、それに乗って山王下まで行った。三度ほど非常警戒に停められたが、大した難かしいこともなく通り抜けて、合鍵で扉を開け、ベル装置の外線のコードを引きちぎっておいてすぐ裏階段から勝手口の扉へ廻り、扉へ耳を押しつけて内部の様子を窺ってみると、王様と鶴子の他に一人の男の声がする。例の暗殺者なんだろうが、大分酔ってるようで高い調子でしどろもどろのことをいってた。時計を見ると三時四十五分だ。それから二分ほど待っていると、誰か食堂へ入って来て酒棚を掻き捜すような音がしていたが、そのうちに勝手の扉の錠を開ける音がし、忙しく扉が五寸ほど引き開けられ、三鞭酒を片手に持った王様が半身を現わして、その壜を俺に渡すと、「どうかこれを明日の夜まで」