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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
のです。どうぞ、あなたの口から、あのひとを殺したのはお前じゃないと、たったひとことおっしゃってちょうだい。そして……」
といってウットリと眼をとじて、
「最後に、たった一度だけ、あたしに接吻して下さい」
皇帝は唖然として花子の面を凝視していたが、追々莫迦莫迦しくて我慢ならなくなり、その傍に突っ立ったまま、素っ気ない調子で、
「今まで辛抱して伺っていましたが、私には何のことやら一向にわからない。いつまで聞いていたって仕様のないことだから、もうその辺でやめて下さい。私はあなたのような人は知らないし、たとえ、あなたが何を悩んでいるにしろ、私に関係のないことです」
花はこれを聞くと、ソファの中から跳ね上り、例によって癇癪の一歩手前といったような凄い顔で皇帝の面を瞶めていたが、突然、ワッと甲高い泣き声をあげると、袖で顔を蔽ったまま、手負いの獣のような勢いで部屋から駆け出して行ってしまった。
皇帝は当惑と怒りが交ざり合ったような複雑な表情で机に頬杖をついていると、深夜の空気を揺動かして消魂ましく卓上電話のベルが鳴り出した。皇帝は受話器を耳にあてて、おおハッチソン君か、と機嫌よく応対していたが、追々すさまじい恐竦の色を浮かべ、安南語で早口に何事かを語り出した。