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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
真名古はゆっくりと顔を上げて、まともに銃士の顔を瞶めながら、
「ハッチソンの部屋の地袋の棚の上に、靴下の踵でついた丸い煤の跡と、柱で不随意に身体の重心を支えた左手の三本の指の痕がある。岩井の部屋には地袋の上に投入の白梅の枝が、衣服か何かの端に引ッ掛って、その籠が正当の位置よりも四分の一廻転ほど横向きになっていたという現象がある。……要約すると、ハッチソンの部屋には外部から入って来た証拠だけがあって、出て行ったという証拠がない。岩井の部屋の方はどうかというと、出て行った証拠だけがあって、帰って来たという証拠がない。岩井の窓の下の屋根の上にも風呂屋の煤が沢山に落ちているのだから、その屋根を伝って帰って来たりすれば、多少の証拠を残さずに部屋に入ることはむずかしい。しかるに臨検の時には岩井はチャーンと部屋にいた。だから、少なくとも岩井は「すず本」を抜け出してはいないのだ。次に、ハッチソンの方はどうかといえば、柱についた指痕を見ると、その中指の頭が怪我か何かで半ば以上欠如していることが判る。とすると、君も知ってる通り、これはハッチソンの指痕ではない。その指痕がハッチソンのものでないとすれば、従ってハッチソンは「すず本」