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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
この微妙な証人は、ここから断じて何人も脱け出していないことを無言のうちに証言する。どうも奇妙な話になった。
拘留人は監房の窓から出て行ったのではないとすると、あとは出得べき口はただ一つ。つまり、監房の入口から普通ある如くに極めて平凡に出て行ったことになるのである。
だが、ちょっと待って貰いましょう。そういってしまえば簡単だが、しかし、ここは喫煙室でもなければ無料休憩所でもない。看視厳重な留置場。出たいからといって気随気儘にズイズイと出て行くというわけにはゆかない。警察というところは、大体においてそういう自由主義は認めんことになっている。現に日比谷署当局は、真名古の発見によって初めてこの事実を知り、それに対してはなはだ不満の意を表しているのである。
ところで、逃げ出したのは拘留人なんていう生優しいもんじゃなかった。
たった一人の人物、……真名古とそのたった一人の人物を除くほか、検察当局では、さっきここへぶち込んだやつは、長らく王様になりすまして、さんざお上にお手数をかけた夕陽新聞の古市加十だとばかし思っているんだが、とんでもない、一時四十分から二十分ばかりの間、この監房の中にいたのは古市加十なんていう卑俗な人物ではない。