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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

の旅」といった風に、あちらこちらと彷徨をつづけていると、どこからともなく呑気極まる鼻唄がきこえて来た。それは、オッフェンバッハの「地獄へ堕ちたオルフォイス」の中のあの陽気な、あの「蝉の歌」。機嫌のいい酔漢が心ゆくまで鼻を鳴らしているようなのびのびとした調子である。場所柄が場所柄だけに、あまり異様で加十もゾッと縮み上ってしまったが、つくづくと耳を澄ますと、ああ、それこそは、紛れもない、洒脱軽妙な王様の声だった。

加十は、今までの不安も疲労も一時に忘れたようになって、例によって発育不充分なキンキラ声をあげ、

「とうとうフン捕まえたぞ。……「地下の大伏樋に幽閉せられたる安南皇帝と語るの記」か。〆た〆た、苦心経営の甲斐あって、……この古市加十は新聞の歴史始まって以来の大スクープをヒットすることになった。見受けるところ、大分ご機嫌の体だから、門前払いを喰わせることもあるまい。さア、突貫々々」

と、ひたすら満悦しながら、声のする方へ遮二無二近づいて行く。

同じような道を行きつ戻りつ、幾度かやり直しながら進んで行くと、王様はやや広い暗道の苔の褥の上に、だらしなく大の字に寝っころがって、悠々と微吟をつづけていられる。