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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

昨夜王様とつるんで「巴里」を立ち出た以来のことを思い起すと、事件は波瀾に波瀾を重ね、さながら一篇の伝奇小説の如くでもある。しかも、いまさらにそれにクライマックスの一章が書き添えられようとしている。のみならず、ひょっとするとこいつの口から、事件の真相を手繰り出せるかも知れない。いやしくも雑報記者たるもの、どうしてこんな稀有のチャンスを見逃していいものであろう。よし、ひとつこの俺が王様の声色を使って、こいつと一問一答してやろう、下手に行って殺られるなら殺られるまでのことだ。向うだって俺の専売権を侵害しているんだ、こっちが王様の声色を使ったって文句はあるまい。やってやれ、と加十は肚をきめた。この辺の土性骨の太さはさすがに見上げたもので、日ごろ好んで詩吟をやるだけのことはあったのである。

しかし、それにしては王様がここにいてはまずい、またいつ何時鼻唄を唄い出さぬとも限らぬし、いざという場合に足手纒いになるから、王様は秀陳に頼んで一歩先にホテルに帰って貰うことにしよう。

腕時計を見るとまさに一時十五分前、秀陳がさっきから放送局の工事場で待ちくたびれている筈である。