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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
「……でも……」
「でも……、どうした」
グッと唾を嚥んで、
「でも、何をしに行くのか、あたしは知らなかったのです」
真名古は眼を怒らせて、
「しぶといじゃないか。そんな夢みたいな話がここで通ると思っているのか」
「でも、あたし……」
「よゥし、どうしてもいわねえナ」
物凄い顔になって椅子から立ち上ると、指で鉛筆を撓わせながら、ゆっくりと笑子の方へ近づいて行った。
いよいよ迫る運命の時間に、警視庁の内外では触れなば火を発せんとばかりに目覚しい活動が続けられているが、三階の総監室だけはまるで別世界のよう。見ると総監が一人、大きなソファに沈み込んで何かひどく屈託している。
僅かの間に二十も年齢を取ってしまったように、額にも眼の周りにもおびただしい小皺が寄り、ザンバラになった髪を汗でベッタリと貼りつかせ、たった今水から上って来た水死人のような悲惨な顔をしている。
たった今どこからか帰って来たばかりのところと見え、机の上に帽子が置いてある。どんなところを潜って来たのだろう。肩にも袖にも蜘蛛の巣がひッかかり、靴は塵にまみれて白くなっている。
総監はソファの背に頭を凭らせ、呻くような声でこんなことをいう。