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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
真名古がそういうと、ハッチソンはしゃっくりをするように咽喉の奥を鳴らし、
「……く、や、し、い……」
と、破れた鞴のような声を出す。
真名古はニンガリと苦笑しながら、
「愚痴だよ」
ハッチソンは顫える指先を上げて二人が逃げていった方向を指しながら、
「あ、い、つ、を……」
「それも愚痴だ。……トコトンまでやられたら、男ってえものは愚痴をいわないもんだ」
ハッチソンが頷く。苦笑するつもりなのか、唇の端を皺めにかかると、下顎がパックリと外れたようになって、そこから妙な音が洩れる。自分の手で下顎を押しあげるようにしながら、
「も、っと、こッ、ち、へ……」
真名古は片膝を立てて、左手でハッチソンを抱くようにしながらその口元へ耳を持って行く。喘息病が発作を起したように咽喉をゼイゼイいわせながら、ハッチソンが喘ぎあえぎ何事かささやき出す。
長い間ハッチソンは囁きつづける。真名古は頷きながらきいている。一体どんな秘密が真名古の耳に囁かれたのか、もちろん聞きとるよしはなかったが、しかし真名古の表情が一向に変化しないところを見ると、この臨終の陳述も、今となっては真名古にとってさして意外な事柄ではなかったものと思われる。