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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

どんなことがあっても暗殺者の攻撃から皇帝を救い、仏国大使の乗った汽車が東京駅に着く四時廿分までに、安全確実に皇帝を帝国ホテルまで帰して置かなければならぬというのに、警視庁の必死の大捜査にも拘らず、すでに三時を過ぎてもその消息さえ掴むことが出来ない。壁上の時計を見上ぐれば正に三時十分、仏国大使の乗った汽車は、今ごろはもう相模灘を横眼に見て、小田原在をつッ走っているころ、とても着換えどころの騒ぎではないのである。

時計の指針はギクシャクと容赦なく分秒を刻み、陰鬱とも悲惨ともいいようのない気分がこの場の空気を独占し、異常なる圧力をもって各位の胸を締めつける。列座の一同はこのまま気死してしまうのではないかと思われたころ、内務大臣はソロソロと椅子の中に身を起し、怨むが如き嘆くが如き音声で、

「どうだね、諸君。われわれはまだ希望を持っていいのかね。せめて気休めでもいいから、何かそれらしいことをいってくれんかね。これでは息がつまりそうだ」

といって、長椅子の上にふんぞりかえって、やけッぱちに葉巻の煙を吹き上げている警保局長の方へふりかえり、

「おい、大槻君。その後報告らしいものも来ないが、警視庁の連中はみな死に絶えてしまったのか。