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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
そんなにまでおっしゃるんなら、それを見せてあげましょう」
といいながら、懐しそうに死体の左腕をとりあげ、ソロソロと服の袖をまくりあげた。
そこに一体何があったと思いますか。屍体の手首から少し上ったところに、さながら早咲きの紅薔薇ででもあるかの如くに、花の口紅のあとが、今にも匂い出さんばかりに咲き出していたのであった。
この屍体は皇帝のそれではなかった。あの愛すべき田舎漢、夕陽新聞記者、古市加十の憐れな末路だったのである。身のほどもわきまえずに客気にはやり、古今未曽有の大スクープをモノしようなどと企てたばっかりに、魔都「東京」の魑魍の呪を受け、こんな悲惨な最後をとげることになった。
陰暗たる地下道の溜井戸の庭で、最後まで探訪記者の義務を果すために、淡い手提ランプの光を頼りにせっせとこの大事件の記事を書き綴っていた、あの颯爽たる姿が最後となった。思うに、加十はあの古井戸の底で惨殺され、何かなすところあらんとする悪人どもによって、王様の身代りにその屍体を時計台にかけられる事になったのであろう。どうも気の毒な事をした。古市加十よ、さよなら。恐らくあの原稿も、闇から闇へ葬り去られてしまったのであろう。