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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
月に照らされた建物の片側一面が、そのまま顔になって今にもゲラゲラと笑い出そうふう。
胡麻竹の葉の上に霜がおりたか、風に翻るたびそれが匕首のように光る。その胡麻竹の蔭を、廃れたゴルフ・コースに沿って一団の黒い影がソロソロと建物の方に迫って行く。人数にしたら六七人もあろうか。然し、それだけではない。その一団が建物の裾で横隊に散開すると、またすぐ別の一団がヒタヒタと草を踏んで、第二陣に行く。続いて第三陣、第四陣……
いや、正面の方ばかしではない。闇をすかして眺めると、駅寄りの側面の方にも、裏手にも、さながら現象のように隠現する黒い無数の影がある。時々寄り添いまた離れ、整然たる陣形をつくりながらじりじりとその輪を狭めて行く。要するに、この廃屋は殺気満々たる円陣で取かこまれてしまったのである。一体どんな大捕物が始まろうというのであろう。いやいや捕物なんていう生易しいものではなかった。これから市街戦が始まろうというのだ。
乙亥正月二日、午前三時五十分。首都大東京の中心。丸の内有楽町に行なわれたこの壮烈な市街戦の事実を御存じの方はすくなかろう。読者諸君の中にもこれを知っておらるる方はあるまい。