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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
さァ妾と一緒に「巴里」へいらっしゃい、あなたの薄情を思い知らしたげるから」といって古市の手の甲へ血の滲むほど爪の先を突っ立て、
「どうだ、行くか行かないか。いやなら厭といって御覧なさい、こうして手を掴んだまま盗人/\って怒鳴ってやるから。どう、やって見せようか」
笑子ははやだいぶ底に入っている体で、そういううちにも怪しき御気色になり、舗道の上に両股を踏ん張って真実今にも喚き出そうふうだから、古市もとうとう兜を脱ぎ、ままよ、という気になっていわれるままに引かれて行くことになった。両人は五丁目の角から折れ曲り、人目も恥じずに手を執り合ったまま銀座裏の暗い横丁へ。
威勢の悪い姫小松が五寸釘で磔になっている形ばかりの門松の下を潜って酒場の扉を引開けると、とたんにワッというひどい諸声とともに、高低様々に調子を外した童謡の合唱が聞こえてくる。なかなる宴会はすでに大乱痴気になっている証拠。笑子の姿を見ると煙りっぽい薄暗い片隅からヒョイと立上って来た一人の紅毛人。これは加十も見知り越しのジョン・ハッチソンという「ホヴァス通信社」の通信員で、これが犬掻泳ぎをするように泳ぎ出して来て、いきなり笑子の腰に抱きついたが、平手で思い切り横っ面を撲られて、痛いです痛いですと叫びながら引き退って行った。