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ちけむりてんめいじん
血煙天明陣
国枝 史郎
Read 血煙天明陣 (ちけむりてんめいじん) by 国枝 史郎 (くにえだしろう) in Japanese with furigana. JLPT N2. Tap a word for the meaning.
N2 · advanced · modern kanji and kana · 191,184 characters · 379 screens
十六
「殿、おいとまいたします」
「何んということだ。どうしたのだ。せっかく訪ねて来たのではないか。飲もう、そうしてゆっくり話そう」
「数日中に高島お城より、駕籠一挺出るでござりましょう」
「…………」
「殿の信州ご漫遊、私見をもって申しますれば、日頃のご行動より推し計り、単なる遊山とは存ぜられませぬ。……駕籠の主あるいは殿のお眼に、苦々しく映るかは存じませぬが……」
「貝十郎!」
と吼えるような声で、突然叫ぶと冬次郎は立った。
「その駕籠に田沼乗っているというか! それで汝諒解に来たのか!」
もうこの時には貝十郎は、部屋を出て縁を歩いていた。
十六
夜になっても主人の又助は、なかなか帰って来なかった。
商家町の裏通りにある、町道場というのも気恥ずかしいような、貧弱きわまる町道場――司馬又助の家の奥の部屋に、範之丞と織江とはかしこまっていた。
又助の言葉について釣られて、ここへやって来た二人なのであった。
「九十郎の様子、見て参るでござろう」
と、こういって又助が家を出たのは、午後の日のあるうちだったのに、いまだに帰って来ないのであった。
耳の遠い婆やただ一人いて、煮焚きから拭き掃除までしているらしく、他には下男も下女もいなかった。