Japanische Klassiker mit Furigana
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おおおかえちぜん
大岡越前
吉川 英治
Lesen Sie 大岡越前 (おおおかえちぜん) von 吉川 英治 (よしかわえいじ) auf Japanisch mit Furigana. JLPT N2. Tippen Sie auf ein Wort für die Bedeutung.
N2 · Fortgeschritten · moderne Kanji und Kana · 218.436 Zeichen · 437 Bildschirme
そうしているうちに、彼は目のまえにある恋人のすがたをありありと夢ではなく事実に見、これまでの一念に、よくもと、自分で自分をいたわらずにいられなかった。――と共に、あらゆる飢寒や辛酸との闘いも心ゆるんで、骨も肉も、筋も、いちどにばらばらに解れるかのような気もちになり、どたっと、そこへ坐ってしまった。
「お袖。わしだ、市十郎だ。……ここ幾十日。どんなにそなたを探したことか」
「…………」
「ああ、それでも、こうして会えてよかった。よく無事でいてくれた。もう離れまいぞ、別れまいぞ。のうお袖」
「…………」
お袖は、俯伏したまま、顔を見せない。さっきから返辞もしない。しかし市十郎の一言一言に、その背は、烈しい感情の波を見せている。果ては、見せない顔の下から嗚咽がもれ、黒髪の一すじ一すじがみな泣くかのようにおののいた。
「……どうしたのだ。お袖。そなたは、うれしくもないのか。さ、こんな所に、好んでいるのではなかろう。お燕はわしが背に負って行こう。そなたも支度をせい。ふたりして――この子を育てて――これからは楽しく暮らそう。どんな生活をしようとも」
すり寄って、背へ手をまわし、その横顔へ、横顔をよせて、紅い耳もとへささやくと、お袖は、いきなり身を起して、市十郎の肩を、烈しく突きとばした。