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やまうらきよまろ
山浦清麿
吉川 英治
「講談倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,573 字 · 91 页
二
二
環は再び、身構えを取った。
身ではない、心である。
こういう感情の中で、すぐ心を無念無想に取り戻すことは、難かしいことだった。
けれど直胤が、わざと若い彼の心を怒らせるような事を云ったのも、一つの術策である。環はそれと察したので、努めて、微笑をもって、心を紊さなかった。
(これしきの物が斬れないで何うしよう)
環は、自分の差料へ手をかけながら、強い、信念をふるい起した。
身に帯びているこの刀こそ、自分が十六、七歳の頃、赤岩明神に祈誓をかけ、兄は本鎚の座にすわり、自分は相鎚に対って、夜となく昼となく、兄弟ふたりの魂を火として、打ち鍛えた刀なのだ。
兄と自分との合作である。
しかも、この焼刃の中には、母の真心さえこもって居た。兄弟ふたりが、一心不乱になっていると、母は絶えず、仕事場へ宥わりに来て、
(オオ、精が出るのう。兄弟の合す鎚音は、御先祖様の御座らっしゃる土の下まで響いて行こうぞ。今でこそ、赤岩村の佗しい郷士、鍬を片手に、飼蠶と共に起臥している土侍じゃが、お許たちの御先祖様はといえば、足利の世の頃まで、今も昔のままに居るこの辺り一帯を砦として、南朝方へお味方した山浦常陸介というた名だたる勤王の名将じゃぞ。