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やまうらきよまろ

山浦清麿

吉川 英治

「講談倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,573 字 · 91 页

青空文庫

五

名乗っているのに――嘘は云えない気がしたのである。

と――象山の次の言葉は、苦もなく、彼のためらいを救ってくれた。

『ウーム、思い出した。昨年じゃったか、長国寺の寺内で、刀試しの折に見かけたことがある。――その折の山浦真雄が舎弟ではなかったかな』

『はいっ……』と、是非なく、

『山浦の愚弟にござりまする』

と、内蔵吉は、又、面伏せに、頭を下げてしまった。

五

今の姿は、誰にも知られたくなかった。然し佐久間象山ほどな人が、兄の真雄の名を知っていてくれたのは欣しい。

象山も、兄の作刀を持っているのだろうか。持たない迄も、観ているに違いない。

刀試しの日も、居合わせていたといえば、刀の鑑識もあるに相違ない。訊いてみたいものと思った。

――が、内蔵吉は、体の痛みを覚えるとすぐ、

(この人に、そんな事を訊いたら、きっと笑い草だろう)

と、怯んでしまった。

此の人の家には、世界の海陸を画いた大きな地球儀があるという。又、軍艦を造る造船学の書、西洋兵術から砲術火薬の書物――そんなもので室が埋まっていると聞いた。

三尺に足らない刀の――刃がこぼれたとか、曲がったとか――そうした問題は、此の人の眼からは、蟻に歯が有るか無いかを、争うような、小さな問題としか聞えまい。