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やまうらきよまろ

山浦清麿

吉川 英治

「講談倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年9月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,573 字 · 91 页

青空文庫

……云い難い事なんですが、今朝、師匠が井戸端で、顔をお洗いになった後、ひょいと流して見ると、師匠の吐いた痰唾の中に、赤いものが交っていました』

『……ム。血だろう』

『じゃあ、御自分でも、知っているんですか』

『いちど、もっとひどく、血を吐いたこともあるから』

『何で、それを打っ捨っておくんです。実あ私は、ずっと前から、お次さんに注意されて、気をつけて見ていたんですが……此頃は、殊に師匠のお体が痩せて来るし――心配で堪りません』

『お次が……そう云っていたのか』

『どうか、御意見をしてくれと、お次さんから頼まれたし……私もそう思うんで、叱られるのを覚悟で申します。――どうか師匠、余り仕事で無理をしないで下さい。それと、お酒を……もう少し減らして飲むわけにはゆかないでしょうか』

清麿は、黙って、俯向いたまま、聞いていた。云われないでも、胸の痩せ、膝の痩せ、病魔に蝕まれている体は、自分の手で撫でてもわかる。

百刀会の百口鍛ち上げにかかると共に、一時は杯を捨ててもみたが、鬼となって、仕事へ打ち込む情熱は、酒へもつい燃えつき易く、一唇触れれば、ままよとなって、一升二升、暮れても明けても、分らない彼の酒だった。