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やまうらきよまろ
山浦清麿
吉川 英治
「講談倶楽部 臨時増刊」大日本雄弁会講談社、1938(昭和13)年9月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 45,573 字 · 91 页
そちが心をこめた餞別もあるなら、今から急げば追いつけぬこともない。何とか、手渡したいものじゃが』
と、云う事なので、清麿は、
『承知しました。先生の詩を御覧になったら、猶更、感激なさるでしょう。お話をうかがえば、これが生死のお別れになるかも知れぬ門出、ぜひお渡しいたしましょう』
と、引受けて、東海道を追いかけてゆき、自分の気持と、象山の依頼とを果した。
彼を待つ大きな運命は、その日駈けた道にあった。すぐ翌年――それは安政元年となった三月――吉田松陰と金子重輔のふたりは、下田港からペルリの軍艦へ近づいて、暗夜に乗じ、密航を企てたことが失敗して、幕府の手に捕えられた。
送別の詩が、禍して、象山も国元松代で幽閉の身となった。
当然、清麿にも、疑いがかかった。然し、小柄に彼の切銘はなかった。唯、象山と彼との間に誰か、連絡をとった者があるらしいという程度であった。
その儘、夏になっても、沙汰はなかった。秋になっても、呼出しは来なかった。
――だが、彼が絶えず、何ものかに、備えている覚悟は、お次にも、清人にも、薄々わかった。
清人は、お次にそっと、囁いた。
『師匠は、この頃、いつでも懐中に、画家の川辺さんから貰って来た緑青のつつみを隠して持っているようだぜ……』