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かげおとこ
影男
江戸川 乱歩
「面白倶楽部」1955(昭和30)年1月号~12月号
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 154,133 字 · 310 页
どん底の人
此村は明治神宮外苑の入り口で車を捨て、オーバーのえりで顔を隠した忍び姿で外苑の森の中へはいると、指定された石のベンチに腰かけて、つくねんと待っていた。速水は夜の森の色と同じ色シャツと覆面で、此村のうしろからもうろうとして立ち現われ、金包みを受け取ると、残る三十五枚のフィルムを投げ返しておいて、そのまま得意の隠形術で、森の立ち木の中へ溶けこむように消えていった。
どん底の人
そのとき、仮の名速水荘吉は、ネズミ色のセビロ、ネズミ色のオーバー、ネズミ色の鳥打ち帽といういでたちで、東京周辺のある繁華街にまだ残っているブラック・マーケットの迷路の中を歩いていた。小さなきたならしい廃退的な酒場が、狭い間口でめじろおしに並び、あやしげなおしろいの女の、いやらしい嬌声があたりにあふれていた。
突然、そういう酒場の一軒の店先から、ぼろをまるめたような大きな物体が、恐ろしい勢いで速水の足もとへころがり出してきた。
「もうこの辺をうろつくんじゃねえぞ。わかったか、アル中こじきめ!」
ジャンパーのよた者ふうの青年が、そうどなって、ペッとつばをはいて、店の中へもどっていった。