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はなとりゅう

花と龍

火野 葦平

花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页

青空文庫

椅子に腰をおろすと、金五郎は、しんみりと、述懐するような語調で、呟いた。

新之助がうっかり口を辷らせた「露探」という言葉を、誰か、山下組の仲間が密告しているのである。

(世の中は、むずかしい)

人と人との関係、そのつながり、結びつき、などの複雑さ、人間の外にも、内にもいる「敵」というもの、若さの美しさと危険、これからの生きて行く前途を考えて、唇をしっかりと結んだ金五郎の厚い胸に、いろいろな想念が浮かんだ。

数日が、過ぎた。

また、なにかの波瀾が起るかと思われたが、意外にも、颱風が一過したに似て、平静だった。吉田磯吉が、子分たちを一人残らず引き具して、彦島を退散したためであろうか。

しかし、この彦島での出来事は、歴史的なものといってよかった。その禍根と、影響とは、誰が考えたよりも、はるかに、深く、遠いものとなったのである。

秋の雨が降った。それが、石炭を黒光りさせ、巌流島の横流しになった松を、よみがえらせたように、緑に染めた。晴れると、日ごとに、空も、海も、青の濃さを増す。

或る日の夕方、松野医院に、新之助を見舞に行っての帰途、道具倉庫の横で、金五郎は、マンに、呼びとめられた。