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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
解説
昭和二十五年九月九日、父は七十歳で、脳溢血のため永眠した。私は方々の新聞雑誌に、父の思い出を書いた。そのうち、『新潮』の「一市井人の一生」と、『面白倶楽部』の「血風若松港」とがやや長い文章であったが、細川氏は後者を読んだものらしい。『面白倶楽部』には藤掛寅七君がいて、私はときどき頼まれて、小説を書いていた。しかし、父の思い出は小説ではなく、回想記風なものなので、「父恋いの記」というおとなしい題をつけておいたところ、雑誌が出てみると、「血風若松港」となっていてびっくりした。いかにも、「血煙荒神山」まがいのすさまじいギャング小説みたいである。たしかに、父が生きて来たころの若松は西部劇そこのけの暴力世界が展開されていたので、血風は吹きすさんでいたけれども、それを書く場合には、私としては冷静に批判の眼をもってしたいと考えていた。封建的な前近代性を肯定するのではなく、これに抵抗する側から書くのでなければ、人間と文学の純粋さは損われてしまう。実際に、運命の太い絆で、グイグイと人情の谷間へ引きずりこまれ、暴力世界に投げこまれながら、頑強に、父はバーバリズムとたたかって、庶民の仕事師として生き抜き、素朴ではあるが、富や権力におもねらない正義感を抱いて、一生を終ったのである。