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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
用意していた一本のロープを取りあげた。先に、錨のような鉤がついている。
「ヨウッ」
と、腹の底からのような、低い掛声とともに、そのロープを、汽船の甲板に向かって、投げあげた。習熟しつくした手練である。ロープは甲板の上に飛んで行き、先の釣が、ガチャッと、音を立てて、デッキの欄干に引っかかった。
「よし」
と、金五郎は、会心の面持で、強く、うなずいた。
ロープの下端は、伝馬船の舳につながれてある。綱が斜にぴんと張ると、伝馬は汽船と同じ速力になって、走りだした。
金五郎は、ロープに手をかけた。二三度、しごいてみてから、足を伝馬船から放した。ロープを伝い、するすると、登って行く。猿のようである。時次郎は、眼を瞠って、金五郎の行動を凝視していた。
(あの男、海に落ちれば、面白い)
時次郎の心に、意地悪な気持が湧いた。
(落ちて、死ねば、なお、ええんじゃが……)
彼の胸中の奥底を探れば、そんな悪魔の心であったかも知れなかった。
――恋敵。
憎いのである。マンへの慕情が、いささか、常軌を逸するほどであっただけに、マンを独占している男に対しては、歯ぎしりしたいほどの、嫉妬と憎悪の思いが湧く。