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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
それどころか、この男らしい人とともに、自分も男を磨きたい、と、気負い立っていたほどだ。それなのに、今、悪漢が、玉井金五郎を殺しに来る土壇場に、立ちあったとき、
(もし、玉井金五郎がいなくなれば……?)
そういう悪魔のささやきが、時次郎の心の奥底で、まるで、このときを待っていたかのように、頭をもたげているのだった。
台所の方を、透かしてみると、もうもうと立ちのぼる白い煙の中で、柄杓を持ったマンが、眼を光らせて、表の気配に、気を配っている。
(マン坊は、金五郎のために、命を投げだして、闘かう気じゃな)
圧倒されるような威圧に、時次郎の心はすくむ。自分の醜い鬼の心と、エゴイズムとが、時次郎は、我ながら、恐しかった。恥かしかった。その癖、追っても、追っても、
――金五郎がいなくなれば、マンと夫婦になれる。
その美しい邪念は、心の一隅のどこかに、狡猾な鼠のように、潜んでいるのだった。
金五郎は、相かわらず、二本の日本刀を、大盤の水で、チャポン、チャポン、鳴らしながら、ときどき、表を見る。小手をかざし、姿勢を低めて、闇をうかがうような恰好をする。
家の内いっぱいに、はちきれそうにふくらんだ提灯の明かりが、表の道路までも照らしているが、外は、午前零時をすぎても、森閑として、人間の気配など、まるで、なかった。