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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
「一体、どうしたんじゃね?」
勝則は、えたいが知れなくなって、そんなとんちんかんな問い方をした。
「御記憶がないの?」
「なんにも、憶えとらん」
「そうか知らん?」
「もう、朝かね?」
「ええ、まもなく、夜が明けるでしょ」
「君は、寝ずに起きとったのか?」
「蚊が居るもんやけ、こうやって、一晩中、団扇で追っていましたの」
「蚊帳吊ったら、ええのに……」
「あんなこと」光丸は、ころころと笑って、「ほんとに、憶えていらっしゃらないらしいのね。蚊帳吊りましょう、というても――要らん。……蒲団敷きましょう、というても――要らん。……そうして、すこし嘔げてから、そのまま、眠っておしまいになったのよ。グウグウ、大きな鼾をかいて……」
「君が、どうして、ここに居るんだ?」
「まあ」
光丸は、ちょッと呆れた顔をしたが、それも、また、彼女の内心に渦巻いているよろこびの感情を倍加するもののようで、露骨に、口辺に、うれしげな微笑をたたえた。おさえても、おさえても、うずうずとほぐれて来るほくそ笑みを、殺すことが出来ないらしい。それを素直に、言葉に出して、
「あたし、うれしいわ」
と、いった。
勝則は、うれしいのか、悲しいのか、腹立たしいのか、わからなかった。