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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
……急げえ、走れえ」
敵に、機先を制せられた模様である。
「早く乗れ、早く乗れ」
巨漢の助役は、もう、狂人のようだ。彼の作戦としては、四時に集合して漕ぎだせば、大村組の鼻をあかすことができると、胸算していた。ところが、浜に来てみると、すでに、大村組の伝馬船が、人間と道具とを満載して、暗い海のうえを、インド丸に向かって漕いで行くのが見えたのである。
「なに愚図々々しとるか。間抜けども」
間抜けは自分であった、と、この男も感じていたので、その飛ばちりを、怒号と罵倒とで、部下たちにぶっつけた。
キイ、キイ、と、敵の伝馬船の櫓の音が、嘲けるように、海上から伝わって来る。風のために波だっている、暗黒の関門海峡に、数隻の汽船が浮いている。目じるしとして、特に、緑の舷燈をともしているのが、インド丸らしい。
やっと、仲仕たちが、伝馬船に乗ってしまったとき、道具番の男が血相かえて、飛んで来た。
「ボーシン、大きな大事です」
「どうした?」
「道具を積んだ小伝馬が、見あたらんです」
「なにや?」
助役は、バネ仕掛のように、跳躍して、道具番の肩をつかんだ。夜ではっきりしないけれども、彼の顔から血の気が引き、ふるえだすのがわかった。