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はなとりゅう
花と龍
火野 葦平
花と龍「読売新聞」読売新聞社、1952(昭和27)年6月20日~1953(昭和28)年5月11日<br>あとがき「花と龍(下巻)」新潮社、1953(昭和28)年7月31日<br>解説「火野葦平選集 第五巻」東京創元社、1958(昭和33)年
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 410,131 字 · 824 页
亭主を見殺しにして、知らん顔しとるなんて……」
林助は、ばりばりと歯を鳴らしたが、その眼から、ポロリ、ポロリと、太い涙があふれ落ちた。それから、がっくりとなって、痩せた顔を、すとんと枕から落した。虫の息である。
マンは、昏迷した。疑念と、狼狽とが、急に、マンを不安にした。
(どうしたら、よいのか?)
いろいろ苦労はしたつもりであったのに、こういう凄惨な人間の土壇場に、立ちあったことは、はじめてであった。強い心で割り切っていたのに、今、不可解な人間の魂の呻き声が、マンの人生観と、生活の規律とをゆるがせる。生命をも超えたものの声が、若いマンの胸をかきみだす。
連日連夜、夫婦喧嘩ばかりをくりかえしている林助とチヱ、そして、家庭内では、一種の暴君である兄が、死の床で、ただ、妻の名ばかり呼んでいる。病気を感染させてはならないという一心で、義姉を隔離したのに、マンを、鬼呼ばわりした。気が弱く、どこか、妹に気兼ねしていた兄としては、心底からの、最後の言葉であったかも知れない。
マンは、立ちあがった。
「兄さん」
呼んだが、返事がなかった。
胸のうえに、耳をつけてみた。