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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
一時はタキシイの運転手にまで成り下ったが、朝鮮捕鯨会社に拾い上げられて、このごろはだいぶ羽振りがいいと取沙汰されている人物。膝の上の三人の美少女は横浜本牧に住居する、お雪、初ちゃん、幾代という名代の女傑ぞろい。高声に喚きたてる口説を聞けば、これからニュウ・グランドへ繰込もうか箱根の環水楼へ押し出そうかという下相談と思われる。酒場の通路に長々と寝そべっているのは、山木元吉という有名な好事家的遊蕩児で、それをしっかりと足で踏んまえているのは、川俣踏絵という当時売出しのアメリカ帰りの舞踊家。人造ダイヤの留金のついた銀色の踊り靴で、しきりに元吉の脊骨を蹴りつけるが、好事家はなかなか起きて来ぬ。己れが吐き出した尾籠なものの中へスッポリと鼻を突込んで何かウダウダいっているのは、多分マラルメの詩でも朗誦しているのであろうか。踏絵は小焦ったくなったものか、ヒラリと傍の丸テーブルの上に飛び上ると、いきなり腿の辺りまで裾を捲り上げ、たとえていうならば小鹿のような形のいい脚を前後に放り出すようにして、勢いはげしく踊り出した。下着類の構築が不完全なのに、遠慮会釈もなく天井を蹴りつけるものだから、実にどうも際どい風情になる。