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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
なるほど大したもんだなア。生れが違うというのは恐ろしいもんだ。……顎髯だけなら襟巻でも胡麻化せるが、なにしろこの町人面ではどう細工したって王様に見えよう筈はない。そうときまったらケチな細工をするよりいっそ素顔でいるに限る。どうなるもんかい。バレたらその時はその時。何もビクビクするには及ばない。……といってもすぐ底が割れるのでも困る。じゃ、まア、せめてこんな工合にして」
と大鏡と斜に向き合う位置に安楽椅子を据え直し、戻って来てすっぽりと椅子の中に沈み込み、
「こんな工合に坐っていれば、入って来たやつは椅子の背中しか見えぬが、俺の方ではあの鏡によって一挙手一投足を仔細に観察することが出来る。ひどく物騒なやつが入って来たら、向うで手を出す前に臨機の処置をとる。大体こうして置けば」
といいも終らぬうちに誰か扉をノックするものがある。入って来たのはだれだと思いますか。この東京で直き直きに皇帝の顔を見知っているのは、有明荘の六人の住人を除いては林謹直ただ一人なのだから、此処へもし林が入って来たとすると加十はたちまち化の皮を剥がれ、この場面は非常に面白いことになるに違いない。