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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

実直なこの現実社会では、犬も歩けば棒という具合にやらなければならぬ。探偵の功績はいつもその半ばを偶然に譲らねばならぬのである。この時も例によって思いがけぬところに思いがけぬ証人が現われて来た。それは有明荘の崖下の素人屋の二階に住む花という美しい縫子で、その夜自分の窓から有明荘の事件を何もかも見ていた、と意外なことをいい出すところで惜しくも前回の終りになっていた。

さて真名古としては、あらゆる妨害と困難を予想し、死力を尽して戦う決心をしていたであろうのに、こんな手近なところからこんな有力な証人が現われようとは思いもかけなかったに違いない。冷血無情の真名古といえども内心勇躍を禁じ得なかったろうと思われるが、それは作者の推察で、当の真名古はと見ると、嬉しいのか嬉しくないのか、骨張った膝の上にキチンと手を置き、陰気に眼を伏したまま色も動かさぬ。何事も聞かなかったような冷々沈々たる趣きなのである。

身に合わぬダブダブのサージの古服を着、ぼんのくぼの痩せた毳立った首をしょんぼりと垂れ、影うすく、俯向き加減に坐っているようすというものは、さながな区役所の書記が失業して、このごろは踏切へ旗振りに出ていますといった体。