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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
三、松谷鶴子の愛人の事 並に意外なる顛末の事
加十はフラフラと前後に頭を揺りながら、
「ああ、鶴は鳴きません」
怪人物は頷いて、
「ええ、鳴きませんね。しかしそれだって結構ですよ。この夜更けに無理に鳴いて貰いたくありません」
というと何を思い出したか音高く掌を打合わして、
「ああ、この鶴を見たので思い出しました。まだ一つ仕事が残っていたのです。さあ、急いでこれから松谷鶴子のところへ行きましょう。昨夜そこで二人だけで年越の夜食をすることになっていたのですが、今までスッカリ忘れていました。可哀そうに待ちくたびれて、もう眠って了ったかも知れない、何しろもう三時ですから」
三、松谷鶴子の愛人の事
並に意外なる顛末の事
赤坂山王台の崖の縁に、有明荘という二階建のコンクリートの家が建っている。当時流行のコルビジェという窓を大きく開ける式で、古いしもたやの多いこの辺ではひどく異彩を放つ建物。崖下から仰ぎ見ると、これがまるで大きなガラスの陳列棚のように見える。ここへ行くには日枝明神の鳥居の傍の細い急な径を登って行くのだが、何しろそれがひどく嶮しいものだから、どんな人でも息切れがして途中で一憩みせねばならぬ。いまいったように有明荘は切り立った三十尺ほどの崖の縁に建っているが、その下は広い空地になっていて、棟の低い二階家が一軒あるばかり。