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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

「よろしいですとも、御案内しましょう。旅の人に親切にするのは、確かに気持のいいことに違いありませんからね」

「そうと話が決まったら急いで此処を出ましょう。私はもう少し鶴の話を聞きたいのですが、それにはこの場所は少し不適当のようです。これからB・R、AI、ボントン、エトワール、マキシム、リドーと、この六軒でウイスキー・ソーダを一杯ずつ飲んで、それから鶴の所へ行くことにしましょう。では何はともかく」

こういう工合にして古市加十と怪人物は「巴里」を後にして薄暗い銀座裏に迷い出ることになる。

もうおよそ何時頃であろうか、百八つの梵鐘はまだ加十の頭の中で陰々と鳴りはためいているのに、見上ぐれば月はもう大分傾いてちょうどJOAKの鉄塔の上に、それとても確かに月であるかどうか、朦朧たる加十の眼には確かには映じて来ぬのである。二人は蹣跚たる足どりで、縺れ合うようにして噴水のある池の端までやって来た。青銅の鶴は形のいい翅をキラキラと光らせながら蒼白い水の吐息を噴上げ、今にも空に舞上ろうとするよう。諸君はここで鶴が鳴くのをお望みになるであろうか。しかしこのとき鶴は鳴かなかったのである。