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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

真名古は花の手をとると悠然と中庭を引揚げて行った。

三階の総監室では窓から首を引ッ込めた総監が癇癪を起したような声で拡声電話器に怒鳴っている。

「一体、何だ、どうしたんだ」

拡声器がうるさい声で答える。

(真名古課長が誤射されたのです。損傷はありません)

「これだけ損傷があれば結構じゃないか。……それで、有明荘の六人の行方はまだ判らないのか」

(まだ報告がありません)

総監は忌々しそうに舌打ちすると、シガアレット・ケースから巻煙草を一本抜き出し、フト、チョッキの胸のポケットに手をやって苦笑いする。いつもここへシガアレット・ホルダーを入れてあるものだから、それが習慣になって、落したことも忘れてついそこへ手が行くのである。

煙草に火を点けたところへ、また拡声器が怒鳴る。

(林さんからの電話で、また事件が起きたから、すぐ総監にとのことです)

総監は巻煙草を投げ出して、

「早く、繋げ、まごまごせずに」

と怒鳴ってるところへ、真名古と一緒に警保局長が、どうも、散々な目に逢ったよ、といいながら入って来る。総監は手を振って、

「局長、何かまた事件が起きたといって、林がいま電話へ出るところです」