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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
妾がそんなことを知らないと思って。たわけだわ、あんたは」
花子は歯の間からちょっと舌を出し、
「もう帰るわ、それだけ聞かされれば沢山よ。では、また明日。……おッと忘れた。新年おめでとうございます。今年もまたせいぜいごひいきに、はい、さようなら」
花は鶴子の止めるのもきかずにどんどん駈け出して行く。鶴子はまた一人。時計を見るともう十二時半。
読者も御存じの通り、かりに先刻の怪人物が宗方竜太郎だとすると、まだ古市加十と一緒にどこかの酒場で何杯目かのウイスキー・ソーダを飲んでいる筈だから、いかに鶴子が待ち焦れてもそう急にはここへ現われる筈はないのである。鶴子だってそうそう起きて待っている訳にも行くまいから、多分間もなく寝床へ入るであろう。
三時二十分を過ぎるころ、鶴子の住居のドアをはげしく打叩く音がする。鶴子はベッドの上に半身を起してその方へ聞き耳を立てると、ドアの外で何かゴシャゴシャ言っている工合では、そこにいるのはどうやら竜太郎一人ではないらしい。鶴子は軽く舌打ちをして、
「いやなひとねえ。また誰か引っ張って来たのよ」
と呟やきながら入口の方へ行ってドアを引き開けると、よろけるように入って来たのは果せるかな件の怪人物と古市加十の両人。