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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

息せき切って加十の傍へ来ると直立不動の姿勢をとって、

「殿下、実は只今、以外なる事態が出来いたし、そのため、心になく遅刻いたしたのでござります」

加十は胸をとどろかし、

「フム、一体どんな事件が起きたんだ、早くいって見ろ」

秀陳は、ハッと困惑の色を浮かべ、

「余りにも恐れ多いことで、しょせん、殿下の御前に披露致しかねるのでございます」

「構わないからいって見ろ」

「しかしながら……」

「吐かせ。早くいわないと、ひどいぞ」

秀陳は急に決然と面をあげ、

「ああ、何といたしましても、手前ら、殿下の御命令に服従いたしまするより他はないのでござりましょう。……では、御言葉に従いまして申上げることに致しますが、何卒、御立腹あられぬよう、あらかじめ、切にお願い申上げて置きます」

「くどい」

「実は手前ら、殿下の御申付け通り、殿下が玄関をお出ましになる間、ホテルのロビイの奥に刑事どもを引きつけ、何気ない体で雑談いたしておったのでありまする。……まもなく殿下には無事にお出ましになられた模様でありますから、手前ら、雑談を打ち切り、一旦部屋に帰ろうといたしておりますと、廊下の端で二人のボーイが立話をしているのをチラと耳にいたしたのでござります」