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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

加十は逃げ腰になって、

「ウム、それで?」

「つまり、殿下が有明荘に御滞在の間、殿下の御居間を侵し御尊名を潜称いたしていたものがあった事が判明いたしました。何たる不敵、何たる大胆。……のみならず、何の目的を以てそのようなる大それたことを致したものか、手前ら、その真意を解するに苦しむのでござります。早速その旨を警視庁に急告いたしましたところ、そのくらいの事はあるかも知れぬという事もなげなる挨拶で、手前ら、暫時は開いた口も塞がらなかったのでございました」

秀陳はネオン・ランプの暈光に包まれた周囲の高い建物を見上げながら嘆くが如くに長大息し、

「ああ! なんたる魔がしき都ではありましょう。手前らには、この大東京の、この大都会の大気の中に、さながら空気中のアルゴンの如くに、無慮無数の魑魅魍魎がほしいままに跳梁跋扈しているかに感じられてならぬのでござります。……殿下におかれましても、すでにお聞き及びでござりましょうが、有り得べきことでありましょうか、現に……」

と、眼の下の噴水の鶴を指さし、

「今朝、あの青銅の鶴が声を発して朗々と歌を唄ったのでござります。それを、親しく耳にいたしました時の、手前らの驚愕!……ああ、その恍惚と驚異の感情をなんと御説明申しましょうやら!」