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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
一同しきりに焦立っているところへ、志摩徳の乾分から、いま踏絵が馬道の木賃宿へ入って行った。山木もそこにいるらしいというレポが入ったから、それ行けで、執達吏を連れて向うへ乗り込み、隣りの三畳の暗がりに潜んで立聴きをすると、山木の野郎が踏絵に問い詰られて、涙片手で本音をあげているんですの」
と、「巴里」の忘年会の席で、あすの朝の三時半ごろ、そっと鶴子の家の勝手口まで忍んでくるように王様にたのまれ、ダイヤの上底としたシャンパンの壜を預かって築地の「呉竹」でまごまごしていると、ある人物に追い詰められ、切羽詰って壜を壊してダイヤだけを取り、前後の考えもなく木賃宿に逃げ込んだまでの話をし、
「なるほど、そう聞いて改めて考えて見ますと、山木は自動車の運転なんざ出来ない。山木が嘘をいっていないということは、そのことだけでもよく判るんですわ。一々辻褄が合っているんです」
「へえ、なるほど、妙な話ですなア。山木が自動車を扱えないのはわたしも知っている。それなのにロード・スタアが動いたとすれゃア、山木以外の誰かが、ほとんど同じ時刻に「すず本」を抜け出したと考える他はないんだが、われわれ六人のうちでロード・スタアを運転出来るのは、わたしと岩井の旦那と印東の旦那の三人。