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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
今や、警視庁始まって以来という、戦争のような騒ぎをして、近接五県の草の根を分けて探ね廻っている安南皇帝宗竜王それ自身だったのである。
それさえすでに幻想的であるのに、招かずして来った憧れの王様は、わずか二十分ほどの間にまたチョロリといなくなってしまった。厳重なる警戒と油断のない看視氏の眼を眩まして、堂々と監房の入口から出て行ってしまった。
無情とでも申しましょうか、皮肉とでも申しましょうか、王様の姿を追求して今や逆上したようになっている内、外両大臣以下検察当局一統がもしやこの事実を知ったら、あまりにも微妙な天の配剤に思わず感涙に咽んだに相違ない。
さすがの真名古も、このあまりなとぼけ方にいささか呆気にとられたのであろう。見ると、梯子の中段に宙乗りになったまま茫然と月を仰いでいるのである。一見茫乎としているように見えるが、心の中には千思万思紛然と入り乱れているのであろう、時折洩らす沈痛な呻き声によっても、それと察しられるのである。
日比谷署当局は、古市加十なる拘留人が看視の隙を覗って幾度となく窓の鉄棒へ飛びつき、かねてよろけ勝ちになっていたそれをひン曲げ、そこから脱けて屋根伝いに逃走したのだという見込みを立てている。