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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
五、加十恍惚となる事 並に贅沢なる朝食の事
前夜安南王が鶴子に加十の食器を出させようとするのを固辞し、ただならぬ色模様のうちに同じフォークで喰べつ喰べさせつしたことを、すっかり加十は忘れていたのである。
五、加十恍惚となる事
並に贅沢なる朝食の事
フト眼を醒すと加十は長椅子のようなものの上に眠っていたので、早や全く夜は明けはなれた様子で厚いカーテンの向うで薄陽が照っている模様。
然しまだ加十の意識は夢の中に蕩揺していて、醒めているのやら眠っているのやら、それさえも定かではない。ただ首と腰の骨がメキメキと痛み、咽喉が灼けつくように渇いていることだけはどうやら現実のことと思われる。そもそも自分がいまどういう場所にいるのか、それを思案しようにも頭が割れるように痛んで何一つ考えを纒めることが出来ぬ。今朝の明け方タクシーで溜池署に連れて行かれ、真っ暗がりの部屋の中へ投げ込まれたまでは覚えているが、その後のことは一切記憶に残っておらぬのである。
渋い眼を無理に押開けて薄暗い部屋の中を眺め廻すと、贅沢というのではないが大きな机や皮張りの安楽椅子などが置いてある。また油絵の額なども掛っているが何れも見覚えのないものばかり。