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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

はて、まだ夢を見ているかと眼をこすりながらフト首に手をやると固い立襟のカラーが手に触った。首筋の痛むのも道理、加十はタキシードを着たまま眠っていたのである。

半身を起して足許の壁の方を見るとそこの釘に掛っているのは命よりも大事な自分のベロアの中折帽子らしい。いや、そういえば自分の外套もある、皮手袋もある。ここに於て加十は愕然と覚醒した。夢でないならば自分は松谷鶴子の殺害犯人としてここに拘禁されている筈なので、容易ならぬ情況の中にあるわけ。とても寝っ転がっているような場合ではないのである。

ともかく自分がどこにいるのか調べて見なくてはならぬ。急に跳ね起きて机の方に寄って行って眺めると、その上のおびただしい書類には「極秘」とか「決」とかという朱判がベタベタと押してある。加十は、

「うむ、判った判った。これは警察の署長室だ。それにしてはどうしてこんなところへ閉じ込めやがったものか」

と腕を組んで考えていたが、やがて膝を打って、

「昨夜巡査部長が何か馬鹿っ丁寧な挨拶をしていたが、思うに俺を宗皇帝の親友で、何か相当高貴な人間だと早合点し、それでこんな丁重な扱いをするのに違いない。