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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
さながら、ダンカン王の寝室に忍びよるマクベスの如く、不安と粗暴とを交ぜ合わしたような異様なポーズで、クッキリとうす蒼いスクリーンの上に浮かび上って来たのは、紛れもない総監のシルエットだったのである。
その影は、あたかも己れの登場を誇示するように、月の光の中で延びたり縮んだりしていたが、やがて向きをかえてサロンの中へ入って来た。充分に勝手を知っているようすで、サロンの扉の錠をおろすと、壁際に身を擦りながらソロソロと食堂から料理場につづく扉の方へ歩いて行く。何の匂いだろう、その方から時ならぬ春の香のような、ほのかな香気がフンワリと漂ってくる。
朦朧たるその影は扉を開けて、静かに料理場の中へ入って行く。と思う間もなくその手の中から細い光茫が走り出し、裏口の扉に近い壁の一点に据えられる。塗り変えられて間もない、五合ほどの真新しい壁の一部が照らし出される。その人物は背中を丸めてその部分を撫で試みる様子だったが、床の上に手携電灯を差置くと、ポケットから小さな鑿のようなものを取出し、そこをガリガリと掻きはじめた。
長椅子のうしろの四人は、鼠を狙う猫のように背中を撓ましてその方を窺っていたが、やでて次ぎつぎにそこから這い出してジリジリと獲物の方へ迫って行く。