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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

と、こう決まったらこんなふざけた長椅子などに便々と待っている必要はない、俺の方から官憲を呼びつけてやろう」

と呟やくと急しくネクタイを結び直し、寝皺の寄った上衣の裾を引っ張り、櫛を取出して念入りに髪を梳きつけていたが、やがて充分に身仕舞が終ると、扉口の方へ向って世にも壮重な声で、

「おいおい、誰かいないのか」

と声をかけた。

するとあたかも打てば響くといった具合に静かに扉を開けて入って来たのは、肩章も真新しい服に白手袋をはめた五十ばかりのチョビ鬚の男。

両の掌をピタリと股につけ、擦り足をして窓の方へ行き窓掛けを引き開けると恭々しく加十の前に進み、

「お目覚めでございますか」

という。さすがの加十もこうまでとは予期しなかったので、むしろ当惑して答えもなくその面てを眺めているとその人物は、よくお寝みになれましたかの、さぞ御窮屈であったろうのと慇懃な口調で問いかけたのち、

「警官どもの粗相につきましては多分御尊大、いや、御寛大、否、何と申しましょうか……、何しろ当時小官は在署せぬことでありまして……、報告によって驚いて出署いたしますと鼾を……、いや、お心地よげにお寝みのご様子でありましたから、小官はその時考えたのでありますが、御窮屈でありましょうがお起し申上げぬ方がよい、とそう思いまして……、何しろまだ夜明けに間の