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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

あったことでもあり、のみならず」

加十は漸く正気を取戻し、弱味を見せてはならぬ場合と思うから尊大な口調でその人物の弁舌を遮り、

「あ、いやいや、結構ですとも……。して、あなたは」

人物はハッと一礼をし、あたかも朗読するような口調で、

「溜池署長、正七位勲六等功七級、法学士表町三五郎」

加十は軽く頷き、

「ああ、そう。何か大分御迷惑をかけたようで」

表町三五郎は再びハッと身を屈め、

「いや、どう仕りまして。警官共の失態はいずれ厳しく譴責いたしますが、この上は御随意にお引取り下すってよろしいので、丁度今しがた」

約束に違わず安南王が今しがた警察にやって来て釈放の手続きをとってくれたのだと思ったから加十はホッとして、

「ではもう来たのですね」

署長は頷き、

「はい、左様。いつなりとどうぞ」

署長は声をひそめ、

「これは余事でありますが、今朝早速有明荘の小使婆を召喚いたしまして充分訊問を試みましたところ、その者の申述するところでは新聞記者などはただ一人も昨夜の殺……いや、昨夜の事件を嗅ぎつけて居らぬようで、憚りながらこの点をちょっと申し添えておきます」

と言い終った時、扉を叩いて入って来た一人の警官。