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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

……だいいち、そのとき僕は官服などは着ていなかった。タキシードを着ていた。のみならず、僕は幌の奥へすっ込んでいて、外部から姿の見えるところに乗ってはいなかった。それなのに官服を着た僕が運転したといっている。要するに警戒員の諸君は僕を見てはいないのだ。……真名古君、君が受取った報告なるものはこんなアヤフヤなものだったんだ。……この辺の事情を了解して貰うために、その夜の僕の行動を説明すると、大体においてこんな工合だった。僕はあの晩英国大使館の忘年会へ行って、そこに三時半までいた。三時半を打つと、僕は横浜に碇泊しているイギリス巡洋艦の「ウェールス号」へ帰る、ジェームス・クリーヴランドという海軍少佐を横浜まで送るつもりで、僕の車に乗せて大使館を出た。この男は僕の留学時代の友人で、僕が大使館へ行ったのも、十五年ぶりでその男に逢うためだった。そいつはひどく日本趣味な男で、永井荷風や、小山内薫の小説を耽読して、かねて古い東京の風物に憧憬を持っている。最後のランチの時間は五時十分で、まだ充分時間があるから、ひとつこの機会に大川端の夜景を見せて貰えまいかという。よかろうということになって、その男に気儘に運転させて橋場から真崎稲荷へゆき、押上から本所小梅、また戻って柳島の妙見堂のあたりを、幾度も行きつ戻りつして充分に大川筋