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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

「岩井でないというんなら、だれか他の人物だったのだろう。はなはだ遺憾に存ずるのだがねえ、たとえ君が何といったって、僕は有明荘になどいっていないんだぜ。さっきもいったように、その時間には僕は大川端を漫走していた。……真名古君、ちょっと伺うがね、一日の午前四時ごろ深川へんを通っていた総監について、君はどういう報告を受取っているのだね」

「極めて総監らしき人物が、自家用の七十八号のロオド・スタアを運転して、江東から押上のへんを相当の速度で通過したという報告です」

「なぜ、らしいなどというのだね」

「歳晩警戒員に対する総監の慰労巡視としては、はなはだ腑に落ちぬ行動だったからです。ふつうあるが如くに、主要なポストで車を停めて、慰労の言葉を賜るようなことが一度もなかった。いわば逃げるが如くに通過されたので、警戒員は敬礼する隙さえなかったといっています。訝しいというほかはないのですな」

「成程、それはそれとして、どうかもう一つ質問を許してくれたまえ。その時、僕は官服を着ていたというのかね」

「左様」

「これは不思議な話になった。君が納得するとしないは別問題として、ともかくくわしく当時の実状を述べて見よう。