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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

……君ほどの人がこんなひどい間違いをするなんて! 実際ありうることとも思えない。……ああ、しかし、それは君のせいではない。いわば運命の諧謔といったようなもんだからね。……真名古君、君はもう気がついているか? 一体どんな情緒が君にこんなひどい失敗をさせたか」

真名古は答えなかった。

総監は低い溜息をひとつして、

「しかし、今さらこんなことをグズグズいったって仕様がない。君の独断に拘らず、あの壁の穴の中に隠されているものはダイヤモンドなんてものじゃないんだ。それをお目にかけよう」

と、いって立上ると、壁の方に近づいて空洞の中へ手を差し入れる。その中から引出されたものは、赤い封蝋で物々しく五カ所に封印された、一目で公文書と判る大きな角封筒だった。

総監はそれを手に持って真名古の方に近寄って来ると、

「真名古君、僕が探していたのは、こういうものだった。有明荘やホテルばかりではない。およそ皇帝が立廻られたと思うところは残るくまなく探し廻っていたのだ。……これが僕の手に入った以上、もう打明けても差支えないと思うが、これは一九三二年に日本政府と安南皇帝個人の間に取交されたある重大な議定書で、この条約は一九三四年の一月から効力を発生することになっていた。