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まと

魔都

久生 十蘭

「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月

N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页

青空文庫

花子が、真名古ほどの頑固な心をもとりとめなくさせるほど美しかったということには、格別異存はないが、真名古がそれに心をひかされたことに文句があるのである。のみならず、何よりも弱ったことは、真名古自身が一向それに気がついていないということだった。自分の胸の中でモヤモヤする感情を、何と名づくべきか、それさえも知らなかった。だから、事件の真相を追及するよりも、あの美しい唇から語られた証言に辻褄を合わせ、なんとかしてあの娘に花を持たせようと、もっぱらそのためにばかり努力している奇妙な自分のやり方に気がつくはずもなかったのである。

警視庁の歴史が始まって以来、真名古ほどの俊秀な頭脳はなかった。知性において立ち優っているばかりでなく、その心情は、何人よりも烈しく不正を憎む、渇くが如き精神によって満されていた。

蕭々たる半夜、孤影凝然と机に倚って、倦むことなく犯罪学の研鑚に従っている真名古の姿こそは、不義不正とあくなき闘争を続ける果敢なる精神の象徴であった。

この十数年の間、真名古は実によく戦った。官吏の生活の中には、捕捉し難い一種の腐蝕性があって、勇気のある魂がいつの間にかつぎつぎに妥協させられ腐らされて行くうちに、毅然たる真名古の精神だけがよくそれに対抗して、かつて一度も屈することがなかった。