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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
もとは日東生命の社屋だったが、それが丸の内の新館に移転して以来十年、雨風にさらされて立ち腐れになっていた。元来、よほど以前に出来た建物なので、壁は雨と埃にまみれてドス黒く汚れ、窓硝子はさんざんに砕け落ちて、や蟋蟀の住家になっていた。軒は傾き、蛇腹は落ち、棟の下から大きな亀裂が電光形に壁の上を走って、その亀裂に沿って青苔が生えている。さながら、西洋風の相馬御殿といったてい。試みに窓硝子の破れから屋内を覗いてみると、床の上には足のない椅子やら、蓋のとれた非常箱やらが、仰向いたり、俯向いたり、おぼつかない陽の光の中に参差落雑と転がっている。光の届かぬ奥まった壁の上には、剥げ落ちた壁紙の切れっぱしが垂れ下り、それが風に揺られてヒラヒラと動いている。心なしか物の怪でも立ち迷いそうな物凄い有様。
御存じの方もあるでしょう、日比谷公園の方から来かかると、いかにもこの建物が目障りで、思わず誰も顔を顰める、その建物。
一月二日の深夜で、前回に引続いてずっと空には月がある。寒月梅花を照らすといえば渋いが、相手がこういう廃屋となると何となく凄味を増す。これが妙に白々と月の光の中に浮き上って、硝子のない窓々がちょうど眼鼻のように見える。