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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
八、警保局の朝景色の事 並に迷惑なる電報の事
ハッチソンはキラリと眼を光らし、
「ほほう、して何か変ったことでも」
岩井はステッキの頭で顎を支えながら、
「旦那さんもお内儀さんもお聴きなさい。実は今朝ほど鶴子嬢が窓から身を投げて自殺したてえのです」
これを聴くと、一座はいずれもぎッくりと胸にこたえた風で息をひいていたが、やがて総立ちになると、
「そ、そんな筈はない!」
と異口同音に叫び出したのである。
八、警保局の朝景色の事
並に迷惑なる電報の事
後にして思い起すと乙亥の元旦は甚だ多事な一日であったといわざるを得ぬ。
帝国ホテルでは雑報記者の古市加十がまさに失神しようとし、日比谷公園の鶴の噴水の傍では夕陽新聞社長幸田節三が祝辞の代読を始め、酒場「巴里」の門前へは今ハッチソンのロードスターが停った。あたかもこの頃、霞ヶ関、内務省警保局の秘書官室では、大きな机の前に坐った谷口秘書官が絶えず扉の方に眼をやりながら、苛立たしげに口髭を捻り上げている。そうこうするうちに給仕が入って来て、真名古警視が来たと告げた。秘書官が腰を浮かして待っていると、遙か廊下の端の方から極めて特徴的な、たとえていうならば棺桶に釘を打ち込むような陰々たる足音が近づいて来て扉の前で停った。