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まと
魔都
久生 十蘭
「新青年」博文館、1937(昭和12)年10月~1938(昭和13)年10月
N2 · 挑战 · 新字新假名 · 293,999 字 · 578 页
「当時その席にもう一人他の男がいて三人で食事をしていたのだから、松谷鶴子が殺害されたというなら多分その男の仕業に違いないと皇帝はいわれる。ところが、そのもう一人の男というのを誰も見た者がなく、その席にはもう一人の男が食事をしたという証拠がない。つまり、二人分の食器しかない」
「そうそう」
「皇帝が日本へ来遊されたのはこれが最初でございますか」
「いや、昨年も一昨年も来ていられる。然し東京へ来られたのは今度が始めてだ。以前は京都の山科の奥に茶室を建てて、一ト月ぐらいずつその女と一緒にいては帰られたのだそうだが、京都府の警察部でも外務省でもつい最近まで誰一人その事実を知らなかった。今度東京に来られたのは先月の廿四日で、ずっと帝国ホテルに居られる」
「やはりその女と御同伴で」
「いや、女の方は昨年の九月に上京して、すでに現在のところに住んでいた」
「皇帝が始めて東京に来られたのだとすると」
次長はうるさく頷いて、
「そうそう、そうなんだよ。われわれの側では誰ひとり宗皇帝の顔を知らぬ。フランス大使さえも知らんのだからねえ」
「では誰が皇帝を認めたのですか」
「安南でボーキサイトの鉱山をやっている林コンツェルンの林謹直が、偶然ホテルのロビイで宗皇帝に逢って、驚いて局長に知らせてよこしたのだ。